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ethnic0229の平凡にしてカレーなる日々

号外

2017/09/08 12:17

最近、ククパ内でフォロー状況が本人以外のユーザーさんにも開示されるようになりましたが、このことについては問題が多いとして否定的な見解を有するユーザーさんも少なくないです。少なくとも自分の周囲においては。フォロー数をゼロにしたユーザーさんも多々。自分もそうです。


もちろん、容認派の方も多々いらっしゃると思います。要は、どこまで許容するかの問題です。どうしても運用を変えるというのなら、せめて開示OKか非開示のままかはユーザーごとに選択する余地を残す、というのが現時点では妥当な落としどころではないかと思います。


この辺、以前からどうしたものかと思っていたのですが、エドワード・スノーデン著『日本への警告』(集英社新書)の中に、示唆に富む部分を見つけましたので、ご参考までに引用させていただきたいと思います。

kindle版で読んでいますので、ページ番号は掲げませんが、新書版では68頁あたりの模様です。こういう時勢下では、沈黙することが一番の悪であると教わりましたので、ここに実践する次第です。



以下引用

(前略)日本では問題がないと言っているのではありません。なかなかプライバシーの重要性が幅広く理解されない理由は、企業や政府がプライバシーの重要性の水準を積極的に下げようとしていることも関係しています。

マス・サーベイランスに関与する官僚は、「隠す必要がなければ恐れる必要はありません」と述べて監視を正当化します。このような説明は、第二次世界大戦中にナチスのプロパガンダで用いられていたレトリックとまったく同じです。第二次世界大戦中のプロパガンダ省のゲッペルス大臣は、前代未聞の大規模な人権侵害が起きていた時にこう言いました。

「心配することはありません。政府を信じて下さい。我々は権限を適切に使いますから」

民主主義とはそういうものではないはずです。開かれた社会では、このようなことは許されません。こうしたレトリックは、プライバシーを間違ってとらえています。

プライバシーとは、悪いことを隠すということではありません。プライバシーとは力です。プライバシーとはあなた自身のことです。プライバシーは自分であるための権利です。他人に害を与えない限り自分らしく生きることのできる権利です。思索する時、文章を書く時、物語を想像する時に、他人の判断や偏見から自らを守る権利です。自分とは誰で、どのような人間になりたいのか、このことを誰に伝えるかを決めることのできる権利です。

訪れるところ、関心や趣味、読んだ本の題名は、あなたが共有したいと思わない限り、ほかの人が知ることはできません。どこで線引きするかはあなた次第です。


引用ここまで




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